分され下駄 里見弴

信州下諏訪綿の湯温泉、ここは中仙道と甲州道の、街道分されの地点です。
ここから左の中仙道を行けば、噴煙たなびく、浅間山麓軽井沢を経て、やがては、花のお江戸。
右の甲州道を行つても、武田信玄の故里甲州を経て、やつぱり同じお江戸です。
裏を返せば、江戸で別れて、一人が中仙道を、一人が甲州道を歩いてきても、
再び、この下諏訪の綿の湯で出逢うのです。

みなとやの前に、右甲州道・左中仙道と刻んだ石碑が、ひっそりと建つています。
白樺派の作家、里見弴先生が逗留された折に頂戴した書を刻んだものです。
これを一足の下駄の片方に右甲州道、散策などにお使い頂いております。
もう一方に左中仙道と焼き印を押して、
たとえ、右に、左に、別れてもいつかは再び、
必ず出逢う.そんな思いをこめた下駄です。

下駄.jpg

里見弴先生
明治二十一年生れ。志賀直哉、武者小路実篤と白樺派を創設、一時代を礎いた。実兄に有島武郎、有島生馬が居て、芸術家三兄弟と言われ、文化勲章も受賞した。志賀直哉とは、氏の葬儀委員長をつとめる仲だつた。友人、芥川竜之介も逗留した湯のまち下諏訪。分されの街道を散策のあと、右甲州道、左中仙道と揮ごうして下さつた。

 

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